「うわあああ!なんだこりゃあ!!」
旧ファリド邸の庭をショベルカーで掘っていた作業員達が一斉に驚きの声をあげた。
それはまるで蟻の巣を灯油で満たしたあとを掘り返したような、
土にまみれた蟻の死骸がわんわんとあふれでたような…。
小さな、子供らしき白骨死体。
それが大量に土の中からまろびでている。
少年がその屋敷によばれることになったのは、まだ十にも満たない年齢だったろうか。
広すぎる屋敷の廊下を子供たちが騒がしくかけていった。
注意するものは誰もいない。
そう、ここはある条件を満たしたものだけが入れるネバーランドだ。
少年も含めた男の子達の金糸の髪が陽光に煌めいている。
少年はやや長過ぎる自身の前髪を人差し指でくるんと巻いた。
「この金髪(かみ)だけは親に感謝だな…」
少年は孤児だ。それこそ生きるために泥水を啜ることなど造作も無いほど
なんでもやってきた。
ここの少年たちも大なり小なり同じ境遇だろう。
表面上は皆仲良くしているが、彼らはある目的にためにここに呼ばれたことを
知っている。そしてそれに選ばれるために周り全部がライバルなのだ。
この広大な屋敷と遺産をもつセブンスターズの一員、イズナリオ・ファリドは
たったひとりの後継者を探している。
そして未だその者は現れてはいない。
条件に満たないものは十五を迎える前にこの楽園から姿を消す。
元のあの汚らしい貧民街へ戻されるのか、あるいは奴隷として売られるのか、
なぜか楽園から追放された者の足どりはようとしてつかめず
また、それを気味悪がるどころか候補者が減ったことに喜ぶものばかり
なほど彼らはこどもすぎたのだった。
庭に天使の像がたたずんでいるのが見える。
元は噴水だったらしいが不思議と直して水を通そうとした痕跡がない。
だが像そのものは手入れされ、白い石膏の肌が柔らかく光っていた。
少年は何を思うでもなくしばらく天使像を見つめていたが
すぐに抱えていた、あこがれの英雄譚の本に目を落とした。
彼の目的もまたこのファリド家の一員となること。
そしていずれこの本の英雄と肩を並べることだ。
「おれは必ずアグニカ・カイエルになる。そのためにも…」
「アグニカがなんだってぇ?」
少年よりやや背の高く体躯のいい一人を中心に数人が彼に
近づいてきた。
「おまえ、英雄になりたいとかなんとか言ってるんだってなあ」
「イズナリオ様もよくこんなやつ飼う気になったよな」
皆美しい顔立ちに下卑た表情を浮かべている。
どんなに生まれつきの顔が良くとも生まれ落ちた場所の臭いは
どうしても染み付いているものだ。
彼らのあざ笑う声すらも醜い。
「そういうおまえはおれみたいのに呑気にかまってて大丈夫か」
少年の一言が笑い声を斬り裂いた。
「おまえ、イズナリオ様に何度か『ほどこし』をうけているが
一向に後継者として名をあげられないじゃないか」
少年の言葉にリーダー格の少年は怒りで顔を赤くする。
だが彼は言うのをやめない。
「ああ、そういえばおまえもうすぐ十五……」
「言うなあああああ!!」
頬に熱い痛みがはしった。
殴られた、とわかったときには反撃する間を与えず使用人たちに
取り押さえられていた。
「なんの騒ぎだ」
向こうから優雅な声が響いた。
やわらかな物腰の長身の男。イズナリオ・ファリド。
男は優しく少年の頬をなでた。
「酷いな。手当てを」
使用人が動く。
「それから。ハーフェクス」
リーダー格の少年が呼ばれてびくりとする。
「今晩、話があるから来なさい。」
ハーフェクスは青ざめた。
「怯えなくていい。おまえにとってとてもよい話だよ」
ねっとりと優しいイズナリオの言葉にハーフェクスは高揚する。
おい、ハーフェクスのやつ、まさか、後継者に、
ひそひそ声をするりと抜けてイズナリオは少年にそっと耳打ちした。
「君も今夜、私の部屋に来なさい」
部屋では淫蕩な香りと死の匂いが入り混じっていた。
首を絞められたハーフェクスが開放を求めて最後のあがきを
試みている。
だが彼の抵抗は虚しくイズナリオの腕に引っかき傷を残して終わった。
ベッドの上で全裸の二人。
おそらく先程まで睦言を交わしていた相手になぜこのようなことを
するのか。
事が終わってから入ってきた少年は身の危険よりも異常な光景に
ぼんやりと頭をめぐらしていた。
「驚かないんだね」
イズナリオは動かなくなってしまったものにすっかり興味を
失ったように少年に微笑みかけた。
「彼はね、私の後継者にしてあげようと言った途端、淫売のように
足を絡めてきたんだ」
「ぞっとするとは思わないかい?」
少年はじっと見つめている。
わかるのは「彼は試験に合格しなかった」ということだけだ。
「君、名前は」
未だ死の匂いをまとう男の問いにあまりにも普通に答えてしまう
自分がいた。
「モンターク。」
少年の答えにイズナリオは、ふむ、と少し考えて、それから笑った。
「それはあまり優雅じゃないな」
「そうだ、君にこの名をあげよう。『マクギリス』と」
イズナリオ、この悪魔はにんまりと笑うとこう言った。
「『マクギリス』。後継者の名前だよ。」
「君はこれからこの名にふさわしく生きられるかな?」
「だからこっちはなぜあんなに子供を殺したか訊いてるんだ!」
取調室で黒人警官が机を激しく叩く。
「ああしなければ」
枯れた手首に手錠をしたイズナリオ。
髪も乱れ、囚人服を着た男に悪魔の面影はない。
「皆美しいままでいられなかった」
「そんな妄言はもういい!おまえは無差別に人を殺した!」
「マクギリスだ。」
黒人警官の言葉に初めてイズナリオは強く言葉を発した。
「皆、私のマクギリスだよ。」
地面の下にはマクギリス・ファリドが眠っている。
たったひとりをのぞいて。
――そして楽園は閉じられる。
永遠に――
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